EV高電圧化(上) 現状の2倍、充電時間短く

Time:2021-11-12Department:

電気自動車(EV)の電池電圧を現状の2倍となる800V(ボルト)以上に高める取り組みが欧米中で加速している。焦点はどこまで広がるか。高級車にとどまるのか、それとも大衆車まで広がるのか、見方は分かれる。一方で電圧倍増を追い風に電力制御に使うパワー半導体として現状のシリコン(Si)からシリコンカーバイド(SiC)への置き換えが進む。様子見の日本勢だが、早晩対応を迫られる。



大衆車メーカーの現代自動車が電気自動車「アイオニック5」で800ボルト化にかじを切る=同社提供

■対応避けられぬトヨタ



ヴィテスコ・テクノロジーズの800V対応インバーターとモーター搭載のEMR4=同社提供

 独ポルシェが2020年にEV「タイカン」を発売したのを皮切りに、同アウディや韓国・現代自動車、米ゼネラル・モーターズ(GM)が相次いで800V対応EVの投入を発表した。独ダイムラーも検討しており、高級車の標準になる勢いだ。


 日本勢ではドイツ高級車と競合する「レクサス」を抱えるトヨタ自動車が、800V化への対応は避けられないとの見方が強まっている。


 さらなる高電圧化が進む可能性もある。ポルシェは21年9月、900Vまで高めたEV競技車を開発すると公表した。中国では1kV(キロボルト)超まで高めた「キロボルトカー」の議論も飛び出す。


 EVに搭載するリチウムイオン電池の電圧は通常400V前後である。2倍以上に高める最大の狙いは、EVの課題である充電時間を短縮することだ。電池容量の拡大競争が激しくなっていることが背景にある。


 高級車では容量100kWh(キロワット時)超の電池を搭載するEVが登場し始めた。大容量化で航続距離を伸ばせる一方、充電時間は長くなる。ユーザーの不満を抑えるのに800V化が必須というわけだ。


 充電インフラも800Vに対応する必要はあるが、充電時の電流量を増やさないで急速充電器の出力を高められ、充電時間を短縮できる。


 欧州では800V対応急速充電器の設置が進み始めた。調査会社ブルームバーグNEFは、欧州と米国、中国における急速充電器のうち、800V対応比率は21年に1%のところ、25年に28%、30年に52%まで増えると予測する。


 800V化の利点は、充電時間の短縮にとどまらない。インバーターや駆動モーターといった中核のパワートレーン部品の小型化と高出力化に貢献する。ドイツのメガサプライヤーが、800V対応パワートレーン部品の量産計画を続々と明かし始めた。


■「800V+SiC」加速の分岐点は25年


 ボッシュや独ZFは22年に800V対応インバーターとモーターを量産する計画だ。同コンチネンタルのパワートレーン部門が独立した同ヴィテスコ・テクノロジーズは23年から量産する。


 800V化の潮流は、インバーターの中核部品であるパワー半導体の主役が交代する契機にもなり得る。ボッシュやZF、ヴィテスコは800Vインバーターのスイッチング素子として、SiCのMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ)を採用する考えだ。25年ごろには、現在主流のSiのIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)を搭載したインバーターに比べて、高効率化と低コスト化を両立できると見込む。


 SiC MOSFETは高電圧になるほど、Si IGBTに比べてスイッチング損失などを抑えられる。「800VインバーターではSiCに優位性がある」(ヴィテスコ・テクノロジーズ・ジャパンのエレクトロニックコントロールズ事業部エンジニアリング・マネジャーの斎藤崇氏)と考える。


 ZFは開発中の800Vインバーターとモーターを組み合わせた「イーアクスル」の効率がSiC MOSFETの採用により、400VのSi IGBT搭載車に比べて3~9%向上すると見込む。車両全体では400VのSi IGBT搭載車に比べてWLTCモードの電費が5~8%向上できると試算する。


 コストが高いというSiC MOSFET搭載機の最大の課題は、徐々に解消に向かう方向だ。例えばボッシュはSiC MOSFETを搭載した800Vインバーター全体のコストが、25年ごろにSi IGBT搭載機の水準まで下がると予測する。


 量産規模が増えるなどして、低コスト化が進むからだ。加えてSiC MOSFETの採用でスイッチング周波数を高め、周辺部品を小型化できることなども寄与する。


 なお400Vインバーターでは、SiC MOSFET搭載機とSi IGBT搭載機のコスト差が同等になるのは25年ごろから「もう少し先」(ボッシュのパワートレインソリューション事業部ゼネラル・マネージャーの清田茂之氏)になるとみる。


 メガメガサプライヤー3社が「800V+SiC」に力を注ぐのは「Si IGBTを搭載した400Vインバーターとモーターの低価格化競争が極めて激しい」(メガサプライヤー技術者)ことも背景にある。とりわけ意識するのが、中国部品メーカーや日本電産などだ。メガ3社は「800V+SiC」に移行して付加価値を高めることで、低価格化競争とは一線を画したい。


■「800V+SiC」のコスト上昇幅は?


 800V化がどこまで広がるのかは、メガサプライヤーの間で見方が分かれる。例えば30年ごろまでは高級車にとどまると見通すのがボッシュである。


 ボッシュは800V対応車の比率が25年にEV全体の8%、28年に18%になると予測した。2割弱という比率は、高級車や大型車などを席巻するものの、大衆車に広がるまでには至らない水準である。


 ボッシュが400Vと800Vの分岐点として重視するのが、モーター出力である。最高出力が200kW(キロワット)を超える車両であれば、800V化による部品小型化の恩恵が大きいと考える。


 「電圧400Vで出力300kWのインバーターを試作したことがあるが、かなり大きくなった」(ボッシュの清田氏)と明かす。200kWを超える車両は、高級車や大型車、スポーツカーなどに限られる。


 これに対して200kW以下の大衆車は当面は400Vで十分とみる。大衆車は電池容量も50kWh程度であり、充電時間短縮に対する需要も比較的小さい。


 一方、ZFは高級車にとどまらず「大衆車まで採用が広がる」(ゼット・エフ・ジャパンのカー・パワートレイン・テクノロジー課長の宮関哲也氏)と見通す。28年には800V対応車がEV全体の30%超に達すると予測した。


 ZFが重視するのが、インバーターやモーターの効率向上に伴い、電池コストを削減できることだ。電池容量が40kWh以上あれば、800V対応車のコストは400V対応車に比べて安くなると分析する。今や大衆車でも40kWh以上を搭載するのは普通だ。


 例えば40kWhの電池を搭載したEVの電費が「800V+SiC」化で5%改善したとすると、航続距離が同じでよければ電池搭載量を5%減らせる。電池コストとして1kWh当たり90ドル(約1万円)と安めに仮定したとしても、180ドル(約2万円)分のコスト削減効果がある。


 これなら「800V+SiC」の採用に伴うコスト増分を相殺できる可能性がある。日経クロステックの調べによると、SiC搭載800VインバーターのコストはSi搭載400Vインバーターに比べて、出力にもよるが150~250ドル(約1万7000~約2万8000円)高くなる。


(日経クロステック2021年10月5日付、清水直茂)